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 一之瀬の川西より勝路峠へ通じる道では、たびたび狼が出て、人を襲ったり、作物を荒らしたりしていました。

 それで、土地の人々は、狼の通りそうなところ(土地の人は狼の道と呼んでいる)に大きな穴を掘り、狼を落として捕らえていました。このあたりは、赤土層が多いので、穴を掘っておくと底に雨水がたまり、小さなドブが出来るのです。そこへ狼が落ち、おぼれて死ぬのです。

 さて、この一之瀬に七右衛門という、大変気のよい正直者と呼ばれる歳とった百姓がいました。秋のある日、この正直じいさんが山へ芝刈りに行って、ふと落とし穴をのぞくと、これはこれは大きな狼がこの穴へはまって、どうかして出ようともがいています。じいさんは、「おお待て、今助けてやるからな」とひとり言を言うと、あたり一面に生えている藤のツルを切り取り、手早くモッコを作り、それをつるで垂らして穴の底へおろしてやりました。
 このあたりには藤つるがいっぱいで、歩けばひっかかってころぶほどありました。もがき苦しんでいた狼は、垂らしたモッコにすがりつき、はい上がったので、じいさんは力いっぱい引き上げました。穴の縁までとどくがはやいか、狼はさっとすばやく穴の外へ飛び出し、ブルブルと身震いしたかと思うと、「ウーウー」と大きくひと声、山の中へ逃げ込んで行ってしまいました。

 あくる日のことです。表の戸を開けに行ったばあさんが、戸を開けようとしても何か重たくて開けることが出来ません。そこで、おじいさんを呼んでやっと二人でやっと開けると、これはどうしたことか、大きな大きな鹿が一頭、戸口に置いてあるのです。二人はびっくりするやら、よろこぶやら。
 「これはきっと、きのう助けてやった狼が恩がえしに置いていったにちがいない。間違いない!」
じいさんは、じっと森の方を向いてつぶやきました。
 

恩がえしをするのは、鶴だけではありません。
 狼が正直じいさんに恩がえしをするものがたりです。

川東 昔ばなし
落ち武者のたたり